水巻町 豊沢麟児様 新洞等様 取材ページ

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蚕豆

今回は門司洋瓦本社の所在地である福岡県遠賀郡水巻町でそら豆の栽培や様々な活動を展開されている豊沢麟児様とそのお弟子様の新洞等よりお話をお伺いいたしました。

水巻町はそら豆の栽培の町?

── この度は貴重なお時間を頂戴しありがとうございます。豊沢様はかなり以前よりそら豆の栽培をおこなっていらっしゃるとお聞きしました。そら豆がこの水巻町の昔からの特産と恥ずかしながと知りませんでした。豊沢様はいつぐらいからそら豆の栽培をおこなっていらっしゃるのでしょう。

豊沢様
大体7年位前からね、きっかけは農協のそら豆部会の方にそら豆作りに入らないかと言ってもらってそれからです。その方は忙しくて辞められたので私一人になってます。そら豆というのはこれは由来があってですね、この周辺の産物だったんですよ。ちょうど私が生まれた頃だから昭和15年くらい、戦前・戦中・戦後、その時代の食糧難をそら豆で補ってきた。勿論当時は農家の収入源にもなっていた。

うちの親父も福岡の学校を出て、そら豆の栽培を始めました。それは今の栽培方法とは全然違いますけどね。豆も小さいしね。

── 水巻町の特産の特産だったそら豆がそうではなくなって、知らない方がほとんどとなってしまったのは何故でしょう。

豊沢様
そら豆という作物自体がですね、非常に神経質な作物で病気に弱いし栽培が難しい。そら豆というと鹿児島県の指宿、そして長崎が有名。時期的な問題もあって、指宿は3月に出荷で一番早いんですよね。4月が長崎、5月が福岡と北上していく。しかしあまり暖かくなると出来ないから6月くらいが限度となるんです。

── 難しいというのは特にどういった点がというものはありますでしょうか。

豊沢様
そら豆はウイルスに弱いですね。食が豊かになって、より大ぶりで味が良いものを求めるようになってますね。しかしながら、作物というのは病気に強いとか、そういった点を重視して品種改良するほうが生産者の為になるんだけども、消費者を意識し過ぎた品種改良をすることが多いからという点もあるかもしれない。また、5月なんていうと稲作の大事な季節だからお米を育てている方からすると忙しいからそら豆は作らなくなったということもあると思います。

── そうして作る方が少なくなったと。豊沢様はどのような品種を採用されているんでしょう。

豊沢様
私は打越一寸という品種ですね。私が作るそら豆は農協を通じて北九州と福岡の市場に卸されてます。

── 評判や反応、生産者としての感触はいかがですか?

豊沢様
私は7年間連続して作っていますけど、今年はだめだったということは一度もありません。ただ、連作を極端に嫌う品種で6年間は間をあけないといけないので巧くまわしていく工夫が必要です。やはり手間がかかるので、盆栽を育てるように生育させていかないといけない。そのくらい愛情を注がないとなかなかうまくいかないですね。

農業は身体に良い。

蚕豆栽培の様子

豊沢様
北九州は言わずと知れた工業地帯ですね。水巻町でも多くの方が北九州の工場などで努められて一定の年齢で退職される人が多く居らっしゃる。私は歳を重ねても身体を動かすのが良いと考えてます。身体を動かさなくなると病気になる。生活の習慣として身体を動かすということを辞めてはいけませんよ。

── 確かに座ってパソコンで仕事をするなどは身体に良いかと問われるとそうではないかなと思う部分はあります。

豊沢様
私は80歳にもなってそら豆を作ってますけどね、これはお金のためではない。趣味的なものとしても大事なんですよ。それだって働くきっかけになる。今年のそら豆はどうだろうかという楽しみがあるんですよ。

最近では若い方に農業を拡めていこうという動きもあるみたいですけどね。まず楽しみを知ることからです。勿論健康にも繋がる。私はよく「元気ですね」と言われる。私は元気だから農業をやっているのではなくて農業をやっているから元気なんです。反対ですよ。

昔は多くの人が歳をとっても一生懸命働いていた。現代でもこれはやはり大事なことですよ。

そら豆の食べ方など。

豊沢様
インターネットなどで調べてみると、そら豆は料亭などの料理などでも重宝されているみたいですね。以前に安倍首相がオバマ大統領と日本で食事をした際もそら豆が出てきたという話ですよ。イタリアン料理でそら豆をだしたらしいです。

そら豆はカリウムなどの栄養素も豊富で非常に血液に良いらしいんです。美味しいだけではなくて健康にもよい食材です。

これからこちらに来て話をする新洞等さんという方がいて、元々菓子職人なんですよ。その経験を活かしてそら豆を使った菓子を創作するという目標もあります。先ずは饅頭。そら豆饅頭を作ると張り切っています。頑張って良い物を完成させて、この水巻のお菓子にしたいと思ってます。

── お菓子以外の調理としてお勧めの食べ方、伝統的な調理法などを教えていただけますか。

豊沢様
簡単さを重視するならさやのまま焼いて食べるのが一番ですね。この食べ方が美味しいという声を多く聞きます。私自身は湯掻いて食べるのが好きですね。料理法についてはまだまだ研究の余地がある食べ物ではないかと思いますよ。

ここで新洞等様がお越しになられてお話に参加されました。

── 新洞様、お忙しい中ありがとうございます。いろいろとお話をお聞かせいただければと思います。

新洞様
私はベーカリーやお菓子などの食に関連した仕事に長く携わってきました。

── どのようなきっかけで豊沢様のそら豆と出会われたんですか?

新洞様
以前の仕事時代から豊沢さんのことは知っていました。水巻町の「わが町の明日を考える会」がありまして、そちらにたまたま私が入りましてね。水巻町を今からどのように良くしていったらよいかという話をしているんですね。町の運営は町民にとっても大事なことですからね。

ここで実際に採れたばかりのそら豆をお持ちいただきました。

蚕豆のクッション

豊沢様
これは今朝採れたばかりのそら豆です。まだ少し早いから、本当はもっと大きくなりますよ。早めに採れたものが好きな人もいればそうじゃない人も居る。好き好きですよ。

新洞様
そら豆はこのようにスポンジのようなクッションに守られているんです。

豊沢様
ところであなたはそら豆とはどんな字を書くか知っていますか?

── 漢字だと空豆でしょうか。

豊沢様
「蚕豆」と本来は書くんですよ。蚕の繭のような部分に守られているんです。

若い方々に向けて、町の活性化へ

蚕豆

── 今は以前に比べてレシピも非常に多く、若い方がそら豆を食べてみて美味しい調理法を見つけられる方も増えていくかもしれませんね。

豊沢様
高級な料亭から一般的な料理屋さんまで使われるものですからね。いろいろと可能性がありますよ。若い人のアイデアで美味しい料理も出来るでしょう。

新洞様
また、水巻町の一次産業は米の単作が多くてもったいない状態。また空き家も多いのでなんとか若い方を多く呼び込んでそら豆などの一次産業を経験してもらいながら町の活性化に繋がればと考えています。

とにかくは若い人が少ないのと、高齢化が問題な訳ですから、若い人を呼びこむ方法を模索する。そして一次産業から販売、そして購入者が増えるという流れで町の活性化を狙いたい。それが目標です。

── 確かに立派な箱物的なものが地方に出来てもそれで町が活性化するなどはなかなかないでしょうから、そういったお考えが実は正解なのかもしれませんね。

豊沢様
私はそら豆をより多くの人に食べてほしいという気持ちよりも、そら豆を作る経験を一度してもらいたいとそう願っているんですよ。夫婦や友達同士で10月から5月の期間でそら豆を生育していくということをしてもらいたい。私はそら豆の栽培の仕方を自分なりに確立しているんですよ。だから、やる気のある方には私も熱心に伝えていきたい。

新洞様
私のような未経験者でも出来るようになりました。是非一度経験してもらいたいです。

── なるほど。今回は貴重なお話ありがとうございました。

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